そろばん界の‘スーパーおばあちゃん’ 

昨年(2005年)の大阪日日新聞の記事ですが、あまりに印象深い話しだったので、お伝えします。よく「努力に勝る王道なし」と言いますが、何事も日々の積み重ねが大事なんですね。それにしても、本当にすごいおばあちゃんですし、こういう人が存在してくれると、元気が出てきます。


 豊中市在住の大屋良子さん(75)は、二〇〇二年一月に七十二歳で全珠連珠算検定初段に合格し、その二カ月後の同年三月に同検定二段を取得した、そろばん界の“スーパーおばあちゃん”だ。今もなお、ひ孫ほど年齢の離れた子どもたちと机を並べ、大垣珠算塾(大垣憲造塾長、同市服部西町)で日々そろばんをはじいている。

 大屋さんが最初にそろばんと出合ったのは戦時中の子どものころ。学生になっても続け、「学徒動員で給料計算の仕事もしていた」という。しかし結婚を機にいつしかそろばんから遠ざかり、数十年の歳月が流れた。

 再びそろばんをはじこうと決めたのは、夫が亡くなったのがきっかけ。「そろばんを始めたい」という思いが目覚め、六十二歳で一念発起。教室に通い始めた。

 数十年のブランクがあり、「四級から受け直した」。一からのスタートにもめげなかった。プリントを持ち帰り、頭や目が痛くなるまでそろばんと格闘する日々が続いた。「家でとりつかれたように練習していた」と振り返り、「好きこそ物の上手なれやね」と笑顔をのぞかせる。

 そして苦労の末に一級に合格したのが六十六歳の時。何度もチャレンジした末の合格だった。「気が弱いというのか、いざというときに緊張してしまう」という性格を努力で乗り越えた。

 七十歳を過ぎてからは体調を崩して教室に通えなくなったこともあった。しかし「やめる」という言葉は大屋さんの“辞書”にはなかった。病気を乗り越えるたびに教室に復帰。今では三ケタの読み上げ暗算も習得するまでになった。「目を閉じたら頭の中にそろばんが浮かんでくる」と、年齢に反比例して脳は常に進化しているようだ。

 そろばん以外にもプールに通い、カラオケでのどを鳴らす。また、勝敗表をつけるほど阪神タイガースをこよなく愛する。「あんた百二十歳まで生きるわって、友達に言われるんです」と相好を崩した。「次はフラダンスを習おうかな」。大屋さんの好奇心と向上心はとどまることを知らない。

 「何でもやめたら終わり。継続は力なりです」と大屋さん。「足が悪くても手は大丈夫。手が動く限り、そろばんはやめませんよ」

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